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おかげさま

 

 

昨日。ほぼ寝た。

なんかどう考えても無気力日。

 

 

映画を何本か見た。

言の葉の庭がグッと良くて続けて二回も。

お気に入りの科白は雪野さんの、

 

「どうせ人間なんてみんなどっかちょっとずつおかしいんだから」

 

です。

 

わかってほしいことがある時ほど

なかなか人に理解してもらえなくて

気持ちベクトルは悲観的方角へ向くよね。

"捻くれスイッチ"とでも呼ぼうか!

結果、どんだけ悲観的になったって

余計にわかってもらえにくくなるのに

それでもやっぱり誰かにわかってほしいんだわ。

 

 

わかってくれる誰かに出会った時、

感情全開の両手放しで喜ぶ

みたいな展開を心の底でただただ期待する。

 

でもそういう心境って結局、

自分で助かるしかなかったりする

と僕は思ってます。

どう悲しんで喚いて足掻いたって

やっぱり最後は自分の問題、じゃないかな。

 

 

 

 

いまの世の中、この心境を一言で表す

履き違えた言葉があり過ぎじゃないですか?

(ヒステリック、メンヘラ、病み、鬱、etc…)

 

流行ってるからか、

いちいち簡単に使い過ぎ。

間違ってないようで間違ってるし、

言葉で踊らされ過ぎ踊り過ぎだよな〜。

 

言葉を甘んじる人は言葉に死ぬ。

いや、◯ね!だね(自主規制)

 

かる〜い人間にならないように気をつけよう。

(かといって、おも〜い人間もどうなんだろう)

 

ってことを見て思ってた。

 

 

 

 

 

映画だけじゃなく、

高橋留美子作品(犬夜叉めぞん一刻とか)

の最終話周辺(ここ重要)だけ見てうなだれてた。

hulu、マジ便利っす。

このまま契約しようかしら。

 

 

 

今気になってる映画、

 

"湯を沸かすほどの熱い愛"

 

TOHO高知でも公開中ってことに

夕方に気がついたけど車を転がす気力無し。

どうしよう見たいどうしよう…

と繰り返してるうちに結局また寝た。

 

 

 

 

 

 

って風に楽しんだ1日。

本日は寝坊からスタート。

 

おいおい(笑)って。

寝疲れてたんです、きっと。

 

スロースタート決めて、

働きながらじわじわと

やる気に火がついてきて今に至る。

予報外れの雨の後の虹が凄く綺麗だった。

成人の日の街はとても静か◎

 

のんびりした時間を漂ってる。

 

 

 

 

最近読んだ本で、

"言葉を休める"

って表現が秀逸でおもしろいと思った。

 

言いたい言葉も言いたくない言葉も、

溢れすぎてしんどくなる瞬間ってある。

まさに今の自分そんな感じになってたなと。

年末年始、喋り過ぎたし聞き過ぎたよね。笑

 

言葉も大事で、伴った行動も大事。

どっちも伴ってないと意味がないのだ!

いつの間にかそのジレンマにハマって、

勝手に自分で押し潰されるところでした。

嗚呼、危ない危ない…。

 

 

 

 

 

普段の自分からしたら、

なんの実りもないような過ごし方でしたが、

昨日今日、良い休言日になりました。

 

やっぱりポジティブでいないと。

考えたい事も話も、まずはそれからだ!

(案外長くなったことを文字数見てびっくり)

 

 

ではまた。

 

 

 

 

PS.

最近実年齢と同じに見られる率上がってきて素直に喜び感じる。